シングルセル空間トランスクリプトーム解析

シングルセル空間トランスクリプトーム解析とは

シングルセルまたはサブセル(1細胞以下)レベルで、組織内の位置情報を保持したまま遺伝子発現解析が可能です。組織切片上の転写産物(RNA)を1分子ごとに検出し、細胞境界情報と合わせて解析することで、個々の遺伝子が発現する位置(組織内の細胞や細胞内局在)と量を計測することができます。そのため、シングルセルRNA-seqのような1細胞遺伝子発現解析法では失われていた空間的な位置情報を保ったまま、シングルセルトランスクリプトーム解析を実施することが可能です。

病変部を構成する細胞の種類や発現情報の取得だけでなく、病変部周辺にエンリッチした細胞に有意に発現する遺伝子の探索、目的細胞に隣接する細胞の種類や特徴的に発現する遺伝子の同定が可能です。また、相互作用する細胞ペアとその分子(リガンドと受容体)、シグナルパスウェイを推定することもできます。

空間オミクス解析の1種である空間トランスクリプトーム解析法は、3つのタイプに分けられます(詳細はこちら)。手法により得られる結果の空間解像度や検出遺伝子数は様々であるため、研究目的に合わせて最適な手法を選択することが重要です。

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用途

  • 組織内に局在する各細胞タイプの推定(未知の細胞タイプ検出を含む)
  • 組織内に局在する各細胞タイプで特徴的に発現する遺伝子の同定
  • 組織内における細胞間相互作用(細胞ペア、リガンド及び受容体、パスウェイ)の推定
  • 組織内の位置情報を考慮したPseudotime解析による細胞系譜(分化経路)推定
  • 組織内の位置情報を考慮したRNA velocty解析による細胞動態の評価
  • 目的細胞の近傍にエンリッチする細胞タイプや発現遺伝子の同定
  • 目的細胞における各遺伝子の細胞内局在の検出

※関連する解析サービス
   組織内位置情報なしのシングルセルトランスクリプトーム解析はこちら

このような方に

  • シングルセルRNA-seq解析では細胞や発現遺伝子の位置情報が得られずお悩みの方
  • 参考論文と同じような解析を自身のサンプルで実施したい方
  • 自身の研究目的に最適な実験デザインの検討から始めたい方
  • 簡易ソフトでは希望の解析ができず、目的の結果の取得にお困りの方
  • 空間トランスクリプトーム解析とシングルセルRNA-seqの統合的な解析をご希望の方
  • 空間トランスクリプトームのデータ解析作業にお困りの方

当社の特徴

  • 共同研究に近いタイプの受託解析サービス(定型的な受託解析ではありません)
  • 経験豊富な専門技術者が直接対応
  • 生物学的意義を踏まえたデータ解析サービス(詳細はこちら)
  • 解析結果の統計学的および生物学的解釈のサポート

※「当社が選ばれる4つの理由」はこちら

空間トランスクリプトーム解析法の種類

空間オミックス解析の1種である空間トランスクリプトーム解析法は、3つのタイプに大別されます。手法ごとに得られる結果が大きく異なるため、研究目的に合わせて最適な手法を選択することが重要となります。

①関心領域(ROI)タイプ
レーザーやUVなどで選択した組織切片上の関心領域について、通常のRNA-seq(トランスクリプトーム)解析を実施する手法です。病変部や腫瘍部などの関心領域における、バルク(集団の平均値)の網羅的な発現情報を取得可能です。しかしながら、個々の細胞の発現情報や空間的な位置情報を得ることはできません。

②スポットタイプ
基盤上に配置した1スポット単位で、遺伝子発現解析を実施する手法です。空間的な位置情報を保持しながら、網羅的な遺伝子発現解析が可能です。ただ、スポットのサイズやスポット間の距離により、1スポットに数十個程度の細胞が含まれたり、解析されない細胞が一定数生じます。近年、細胞とほぼ同サイズのスポットで、スポット間の隙間のない高解像度タイプも登場しています。スポットサイズやスポット間の距離に関わらず、取得した発現情報がスポット内のどの細胞に由来するかは特定できません。

③シングルセル/1分子タイプ
組織切片上のRNAを1分子ごとに検出し、細胞境界情報と併せて解析することで、シングルセルまたはサブセル(1細胞以下)レベルで、トランスクリプトーム解析を実施する手法です。個々の遺伝子が発現する位置(組織内の細胞や細胞内局在)と量を計測する遺伝子発現解析ができます。ただ現時点では、検出遺伝子数は数百~数千遺伝子であり、解析可能な臓器も限られるため、網羅性や汎用性についてはまだ課題も残っています。

解析例1 ヒト肺腺がん組織における制御性T細胞(Treg)の局在

ヒト肺腺がん組織より取得したシングルセル空間トランスクリプトームデータ(1細胞ごとおよびRNA1分子ごとの位置情報と発現情報)*1を用いて、組織内に分布する各細胞タイプの推定、各細胞タイプに特徴的に発現する遺伝子の検出、およびその遺伝子(RNA分子)の細胞内局在を可視化しました。

クラスタリング結果 (497,763cells, UMAP)

クラスタリング結果 (497,763cells, UMAP)

高次元のデータである各細胞の網羅的な発現情報(発現プロファイル)を、情報のロスを極力抑えつつ低次元に変換しました。さらに、発現プロファイルに基づいて細胞をクラスタリングし、その結果をUMAP*2により二次元上にプロットしました。1つの点が1個の細胞を示します。各点には細胞の発現プロファイルが紐づいており、発現が類似しているほど各点は基本的には近くに配置されます。

各細胞タイプに特徴的な遺伝子発現(Dot plot)

各細胞タイプに特徴的な遺伝子発現(Dot plot)

各細胞タイプに特徴的な遺伝子の発現量と発現細胞割合をドットプロットで図示しました。縦軸は遺伝子、横軸は各細胞タイプに対応しています。発現量をドットの色の濃淡で、発現している細胞の割合をドットの大きさで示しました。

クラスタリング結果の空間座標へのマッピング

クラスタリング結果の空間座標へのマッピング

クラスタリング結果に基づいて細胞を色分けし空間上にプロットすることで、組織中の各細胞タイプの分布を可視化しました。1つの点が1個の細胞を示します。

クラスタリング結果の空間座標へのマッピング(細胞タイプ毎)

クラスタリング結果の空間座標へのマッピング(細胞タイプ毎)

クラスタリング結果を細胞タイプごとに色分けして表示しました。

肺腺がん微小環境における腫瘍細胞および制御性T細胞(Treg)の局在

肺腺がん微小環境における腫瘍細胞および制御性T細胞(Treg)の局在

各細胞の位置情報と細胞境界線情報を基に、肺腺がん組織における上皮細胞(腫瘍細胞)とTregの分布を図示しました。また、上皮細胞、Tregの各マーカーであるEPCAM(中段左図)、FOXP3とCTLA4(下段)、さらに、TregのFOXP3の発現を誘導し免疫抑制作用を促進するAREG(中段右図)の発現量をヒートマップで示しました。発現量が高い細胞は赤色、低い細胞は白色で表示しました。 AREGは主に腫瘍細胞に発現が見られ、Tregはその細胞の周囲に局在していました。

AREGおよびFOXP3 RNA分子の空間上での発現分布

AREGおよびFOXP3 RNA分子の空間上での発現分布

AREGおよびFOXP3の細胞内局在をRNA1分子レベルでプロットしました(右図)。この様にシングルセル空間トランスクリプトーム解析法では、組織内の細胞の種類と分布を明らかにでき、また、各細胞タイプに特徴的に発現する遺伝子やその遺伝子(RNA分子)の細胞内局在も検出することが可能です。関心領域タイプやスポットタイプといった他の空間トランスクリプトーム解析法では実現できない解析です。

解析例2 マウス胎子肝臓の造血幹・前駆細胞に隣接して存在する細胞タイプの同定

マウス胎子肝臓を用いたシングルセル空間トランスクリプトームデータにおける検出遺伝子の不足を、同一組織で実施したシングルセルRNA-seqデータで補完し、造血幹・前駆細胞(以下、HSPC)の微小環境を構成する細胞(種類と位置)と発現する遺伝子(種類、量、位置)を高感度に検出しました。

解析の概略図

解析の概略図

補完したデータによるクラスタリング結果 (40,864 cells, UMAP)

補完したデータによるクラスタリング結果 (40,864 cells, UMAP)

シングルセルRNA-seqデータで補完したシングルセル空間トランスクリプトームデータを用いて、遺伝子発現プロファイルに基づいて細胞をクラスタリングし、その結果をUMAPにより二次元上にプロットしました。1つの点が1個の細胞を示します。

各細胞タイプに特徴的な遺伝子の発現分布

各細胞タイプに特徴的な遺伝子の発現分布

各細胞タイプで特徴的に発現している遺伝子の発現分布を図示しました。これらの発現プロファイルやその他の解析をもとに、各クラスタの細胞タイプを推定しました。

クラスタリング結果の空間座標へのマッピングによる各細胞タイプの局在

クラスタリング結果の空間座標へのマッピングによる各細胞タイプの局在

各細胞の位置情報と細胞境界線情報を基に、組織における各細胞タイプの局在を図示しました。上図は組織切片上の一部の領域を示します。

各遺伝子の空間(組織切片)上での発現分布

各遺伝子の空間(組織切片)上での発現分布

各細胞タイプに特徴的な遺伝子の発現量を、ヒートマップで表示しました。発現量が高い細胞は赤色、低い細胞は白色で示しました。

血管内皮細胞と推定されたクラスタの再クラスタリング結果(4,900 cells, UMAP)

血管内皮細胞と推定されたクラスタの再クラスタリング結果(4,900 cells, UMAP)

全細胞のクラスタリング結果から、血管内皮細胞と推定された細胞集団を抽出した後、再度クラスタリングを行いました。

HSPCマーカー遺伝子の発現分布

HSPCマーカー遺伝子の発現分布

造血幹・前駆細胞(HSPC)で特徴的に発現している遺伝子の発現分布を図示しました。このようにシングルセルRNA-seqデータで補完することで、検出遺伝子数が限られるシングルセル空間トランスクリプトーム解析でも、より高感度に希少な細胞集団を検出することが可能です。

HSPC近傍における血管内皮細胞のエンリッチメント

HSPC近傍における血管内皮細胞のエンリッチメント

再クラスタリングにより検出したHSPCを、組織切片上に射影し、HSPC近傍に存在する細胞タイプを可視化しました。左図は組織切片上の特定の領域について表示し、白枠で囲った領域を右図で拡大表示しています。多くのHSPCは、血管内皮細胞と隣接して存在していることが観察されました。EC:血管内皮細胞、HSPC:造血幹・前駆細胞

解析例3 マウス嗅球構成細胞の同定と嗅覚受容体RNA分子および糸球体の組織内局在

マウス嗅球の組織切片において、イメージング技術により計測された1細胞ごとおよびRNA1分子ごとの位置情報と発現情報(1細胞空間トランスクリプトームデータ)を用いて、組織内の各細胞タイプを推定し、遺伝子の発現分布を1細胞およびRNA1分子ごとに空間上に可視化しました。

クラスタリング結果 (27,894 cells, UMAP)

クラスタリング結果 (27,894 cells, UMAP)

各細胞の発現プロファイルに基づいて細胞をクラスタリングし、その結果をUMAPにより二次元上にプロットしました。細胞を分類することで、組織内にどのような特徴をもった細胞が存在するかを明らかにできます。

クラスタリング結果の空間座標へのマッピング

クラスタリング結果の空間座標へのマッピング

クラスタリング結果に基づいて細胞を色分けし空間上にプロットすることで、組織中の各細胞タイプの分布を可視化しました。

各遺伝子の発現分布

各遺伝子の発現分布

クラスタリング結果上での発現分布
空間(組織切片)上での発現分布

特徴的な遺伝子の発現分布を、クラスタリング結果上(左図)または空間上(右図)に図示しました。左図では、着目する遺伝子が特徴的に発現するクラスタ(細胞タイプに相当)を視覚的に確認できます。一方、右図では、着目する遺伝子が発現している細胞の組織内局在を確認することが可能です。

各RNA分子の空間上での発現分布

各RNA分子の空間上での発現分布

各遺伝の発現量と発現位置を、RNA1分子レベルで空間座標にプロットしました。マウス嗅球における各細胞層のマーカー遺伝子をRNA1分子レベルで可視化し、さらに嗅覚受容体(Olfactory receptor)のRNA分子を黒点で表示しました。その結果、各嗅覚受容体の遺伝子は、組織内において特徴的な局在を示しました。マウス嗅覚受容体遺伝子には約1,000種類ほどがありますが、同じ種類の嗅覚ニューロン(Olfactory sensory neuron)には、その内の1種類の嗅覚受容体が特異的に発現します。また、同じ種類の嗅覚ニューロンは、同一の糸球体に集束します。従って、組織内において1分子単位で嗅覚受容体RNAの発現位置を明らかにし、同じ嗅覚受容体分子が局在する領域を特定することにより、糸球体の存在する位置が推定できます。

 

このように1細胞レベルに加え、RNA1分子レベルでの空間トランスクリプトーム解析により、これまで困難であった生命現象を明らかにすることが期待されます。

解析フロー


組織ブロック・切片 ハイブリダイゼーション

イメージング
各種計測データ 発現量推定

クラスタリング

発現変動遺伝子抽出

細胞タイプ推定

各種空間情報解析
解析結果
① 組織ブロック / 切片から解析
② 各種計測データから解析

受入物

① 組織ブロック / 切片から解析 ② 各種計測データから解析
受入物
  • FFPE組織ブロック
  • FFPE組織切片
  •  
  • 各細胞における遺伝子ごとの発現データ
  • 各RNA分子の発現データ
  • 各細胞の空間座標データ
  • 各RNA分子の空間座標データ
  • 細胞境界データ
生物種 ヒトまたはマウス -
受入条件

【 FFPE組織ブロックの場合 】

  • ブロックサイズ19mm x 14 mm程度
  • 4℃保存
  • 数年以上経過したブロックは非推奨

【 FFPE組織切片の場合 】

  • 切片サイズ19 mm x 14 mm以内
  • 切片厚 5 µm
  • 解析用スライド4~5枚程度
  • HE染色済みスライド1枚
  • 切片に亀裂や重なりがないこと
  • デシケーター内で室温保存

【 計測法 】

  • 10x Genomics社 Xeniumシステム*3
  • NanoString社 CosMx SMIシステム*4
  • Vizgen社 MERSCOPEシステム*5
  • GCATbio社 STOmics*6 (Stereo-seq)
※上記のほか、様々な計測データに対応
 
 
 
その他

【 FFPE組織ブロックの場合 】

  • FFPE組織切片作成やHE染色は別途費用
以下の情報をお知らせください
  • 生物種
  • 由来組織
  • 検体数(切片枚数)

解析条件

  • 検出遺伝子数 :【ヒト】100~1,000遺伝子、【マウス】247~1,000遺伝子
  • データ解析    :  研究目的に沿った最適な手法で実施します

※対象組織によって検出遺伝子数が異なります。

納品物

  • 解析報告書
  • 細胞のクラスタリング画像データ
  • 各細胞タイプの空間分布画像データ
  • 各遺伝子の1細胞単位の発現分布画像データ(クラスタリング結果上の分布、空間分布)
  • 各遺伝子のRNA1分子単位の発現分布画像データ(空間分布)

※実際の納品物はご依頼内容により変わります。

価格・納期

ご依頼の解析内容により異なりますので、詳細はこちらよりお問い合わせください。

ご注意事項

受入物を品質検査した結果、解析をお引き受けできない場合があります。

お問い合わせ

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専門技術者が原則24時間以内にご連絡します。(土日祝日は除く)

参考文献

I-Hao Wang. et al."Spatial transcriptomic reconstruction of the mouse olfactory glomerular map suggests principles of odor processing" Nat Neurosci 25, 484(2022). doi: 10.1038/s41593-022-01030-8

*1  10X Genomics社より計測データをご提供頂きました。
*2  Uniform Manifold Approximation and Projection(次元削減法の1種)
*3  10x Genomics社の商品名または登録商標です。
*4  NanoString Technologies社の商品名または登録商標です。
*5  Vizgen社の商品名または登録商標です。
*6  GCATbio社の商品名または登録商標です。