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当社ジエンブルのメンバーが綴る技術系ブログ
研究相談や解析業務で培った知見をもとに、研究に役立つテーマを技術者目線でわかりやすく発信します。
空間トランスクリプトーム解析とは?
空間トランスクリプトーム解析と従来のFISH法との違い
空間トランスクリプトーム解析は、生体組織中のRNA発現情報と位置情報を紐付けて解析する技術です。蛍光標識核酸プローブを使用してRNA発現情報を取得する従来のFISH法と大きく異なる点は、同時検出可能なRNAの種類(どの遺伝子の転写産物か)の上限が、多重染色可能な蛍光色素の種類数までに限られるFISH法に比べ、はるかに多種類のRNA発現情報を同時に解析可能なオミクス解析であることです。同一切片上のRNA発現情報から細胞のタイプや状態を評価することは、FISH法では困難ですが、空間トランスクリプトーム解析はそれを可能にしました。
空間トランスクリプトーム解析によって何を明らかに出来るのか?
空間トランスクリプトーム解析により、タイプも状態も多様な細胞が、組織内のどこに分布しているかを同一切片上で評価出来るようになったことで、組織学や病理学で定義されていた領域を、領域に含まれている細胞のタイプや状態、領域の遺伝子発現プロファイルにより再定義することが可能になりました。
がん研究分野では、がん細胞の腫瘍内不均一性や、腫瘍の中心部と浸潤先端部など機能的に差がある領域の特徴を詳細に解析出来るようになりました。その結果、腫瘍の悪性度の増加、免疫寛容や治療抵抗性の獲得などの際に、病変部や治療抵抗性部位における腫瘍細胞やその他の細胞のタイプ、状態、空間分布が統合的に理解可能になりました。それらの部位で起こる変化には、腫瘍細胞の状態だけではなく、腫瘍浸潤免疫細胞やその他の細胞タイプの空間分布や細胞状態が関係していること*1が明らかになってきました。
また、病理学全般では、細胞の性質や状態に影響する微小環境(ニッチ)として領域を分類することが可能になり、これまで病理学的に定義していた領域について、細胞タイプの構成割合、細胞の状態、遺伝子発現プロファイルなどによって詳細に記述すること*2が可能となりました。
発生学や神経科学分野では、形態形成過程の組織や脳の特定領域に含まれる様々な細胞のタイプや状態と、パターン形成に関与する因子の濃度勾配などとの関連を同時に解析することが可能となりました。それによって、古典的な発生生物学が蓄積してきたパターン形成機構の知見と、形態形成における多様な細胞タイプの分布と遺伝子発現変化の詳細な過程を統合して理解可能になりました*3
位置情報の取得方法による網羅性と空間分解能の違い

現在主流となっている空間トランスクリプトームの解析手法は、位置情報の取得方法により、大きく分けて2つの手法が存在します。一つは光学的に位置情報を直接検出するイメージングベースの手法、もう一つは位置情報を示すDNAバーコード配列をRNAに付加し、シーケンス後にバーコード配列から位置情報を取得するシーケンスベースの手法です。イメージングベースの解析手法は光学的に位置情報を取得するため、光学顕微鏡に準ずる空間分解能を持っています。一方で、イメージングによってRNAを同定するプローブを、RNAごとに設計する必要があるのに加え、網羅性を高めると検出の多重性が増加するために網羅性に限界があります。シーケンスベースの手法は、網羅的に発現情報を取得できますが、位置情報を示すバーコード配列を物理的に配置する必要があるため空間分解能には限界があります。
2つの手法はどのような研究で使われているか?
イメージングベースの手法は網羅性に制限があり、解析したい遺伝子の候補を予め決めておく必要があります。そのため、通常のシングルセルRNA-seq解析の結果などを利用して、組織に存在する多様な細胞タイプを分類可能な遺伝子を選択したカスタムパネルを作成して、組織アトラス系の研究に使用するのが一つの典型的な使用法です。それらの研究は、トランスクリプトームを解析した研究ではなく、さまざまな細胞タイプの空間配置を解析した研究といえます。
シーケンスベースの手法は空間分解能に制限があり、空間情報の最小単位は一定の広さの微小領域になります。複数の細胞が微小領域中に含まれる可能性もありますし、複数の細胞にまたがって微小領域が位置する可能性も考えられます。そのためシーケンスベースの手法を単独で使用した場合には、発現情報を細胞レベルで議論するのではなく、複数の細胞を含む領域の性質として議論している研究が多いです。微小領域が細胞よりも十分小さい場合には微小領域を計算科学的に細胞ごとに割り当て、細胞単位と見なす解析も最近ではしばしば行われます。
そして、上記2種類の解析手法を併用する方法も一つの典型です。解析したい現象や対象遺伝子が比較的明確に決まっている、腫瘍や免疫系を研究対象とする場合にしばしば使用されています。広い領域の網羅的なトランスクリプトーム解析はシーケンスベースの手法を用い、がん細胞の系譜、T細胞サブタイプの分布、空間ニッチなどの細胞レベルの解析にはイメージングベースの手法を用いるというように両者を使い分けします。
これら2つに大別した手法には、さらに複数の解析手法が存在します。次にそれらの解析手法の種類を原理の違いから整理してご説明します。
イメージングベースの解析手法の種類と原理
イメージングベースの解析手法では位置情報は画像としてそのまま取得可能なため、顕微鏡画像からどのようにして網羅的発現情報を取得するか?が技術的な課題となります。単純な多重染色では網羅性に限界があるため、現在使用されている方法では、基本的にはどの手法も、蛍光の有無や種類で表される光学バーコードを使用してRNAの種類を同定します。MERFISHの場合、蛍光標識プローブのハイブリダイゼーション → 検出 → 蛍光消光(プローブ除去)を繰り返す光学バーコードによりRNAの種類を同定します。仮に単色のプローブで16回繰り返すと最大2の16乗種類のRNAを同定可能になります。多色の蛍光プローブを使用して、少ない検出サイクル数で多数のRNAの種類を検出可能にしている手法(seqFISHなど)もあります。Xenium in situでは、RNAに結合させたプローブを環状にした後、切片上(in situ)でrolling circle amplification(RCA)によって光学バーコードに使用する配列を増幅させてから検出サイクルを繰り返します。
いずれの手法も、RNAがどの遺伝子の転写産物であるかを表す配列がプローブ側に存在するため、検出できるのはプローブが用意されているRNAに限られます。しかし、光学的に空間情報を取得するため、RNA 1分子の局在を決定することが可能な空間分解能を持ちます。
シーケンスベースの解析手法の種類と原理
シーケンスベースの手法では、位置情報はシーケンスにより取得されます。位置情報を示すDNAバーコード配列をRNAに付加して次世代シーケンサーにより配列決定し、バーコード配列を位置情報に変換します。この手法では、網羅的発現情報もシーケンスによって取得されるため、技術的な課題は、どのようにバーコード配列を微小な領域に物理的に配置して位置情報を発現情報に紐付けるか?という点になります。位置情報取得のためのバーコード配列を配置する方法は、スライド上の微小領域に固定する(Visium, Visium HD, Seq-Scopeなど)、微小流路を使用する(DBiT-seqなど)、バーコード配列を固定したビーズをランダムに並べる(Slide-seq, HDSTなど)、バーコード配列を持つDNA nanoball (DNB)を微小パターン上に配置する(Stereo-seqなど)などの方法があります。
位置情報を微小領域に紐付ける方法は大きく分けて2つあり、あらかじめ位置を決めておいた微小領域に、位置を表すDNAバーコード配列を配置する方法(Visium, Visium HDなど)と、微小領域を配置してから、光学バーコードを使って微小領域の位置情報を取得する方法(Seq-Scope, Slide-seq, HDST, Stereo-seqなど)があります。いずれの手法も微小領域のサイズにより空間分解能が規定されますが、シーケンスによって網羅的に発現情報を取得するため、探索型の網羅的解析や、プローブが用意されていない生物種(ヒト、マウス以外)の解析などに有効です。
どの解析手法を選ぶべきか?
いかなる場合も最善と言える解析手法は現時点では存在しません。実験目的、実験条件、実験内容以外の条件(予算や保有機器その他)などにより最適な手法は異なります。実験を行う際の一般的な選択軸は、①空間分解能、②網羅性、③プローブ型/非プローブ型の3つです。①の空間分解能の面で、RNAが細胞内のどこに局在しているかが問題な場合はイメージングベースの手法が選択されます。探索型の研究で②の網羅性が重要な場合にはシーケンスベースの手法が有利です。③に関して、プローブが用意されていない生物種が研究対象の場合にはシーケンスベースの手法が選択されます。
現時点で使用可能な商用の解析手法(解析プラットフォーム)は、一細胞当たりで取得可能な遺伝子数、RNA分子数ともに、通常のシングルセル解析に比べて十分に網羅的とは言えません。その点を補完する方法として、シングルセル解析と空間トランスクリプトーム解析の統合解析を行ういくつかの手法が開発されています。シングルセル解析を実施済みである場合には、適切な空間トランスクリプトーム解析手法を用いた統合解析によって、より理想に近い結果を得られる可能性があります。
まとめ
空間トランスクリプトーム解析は、空間オミクス解析の中核を成す解析手法です。RNA発現情報と位置情報を紐付けることで、細胞の状態や機能と、細胞が存在する場との関連が評価可能になります。空間トランスクリプトーム解析技術は急速な進歩の途上にありますが、現時点では全ての局面において最適な解析手法は存在しません。解析手法を選択可能な場合には、実験の内容に合わせて手法を選択する必要があります。使用可能な解析手法(機器)が限定されている場合には、解析手法の特性に合わせて実験目的や実験デザインの調整が必要になります。
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参考文献
*1. Kiviaho, A., Eerola, S.K., Kallio, H.M.L., Andersen, M.K., Hoikka, M., Tiihonen, A.M., Salonen, I., Spotbeen, X., Giesen, A., Parker, C.T.A., et al. (2024). Single cell and spatial transcriptomics highlight the interaction of club-like cells with immunosuppressive myeloid cells in prostate cancer. Nat Commun 15, 9949. https://doi.org/10.1038/s41467-024-54364-1
*2. Vannan, A., Lyu, R., Williams, A.L., Negretti, N.M., Mee, E.D., Hirsh, J., Hirsh, S., Hadad, N., Nichols, D.S., Calvi, C.L., et al. (2025). Spatial transcriptomics identifies molecular niche dysregulation associated with distal lung remodeling in pulmonary fibrosis. Nat Genet 57, 647–658. https://doi.org/10.1038/s41588-025-02080-x
*3. Zhang, B., He, P., Lawrence, J.E.G., Wang, S., Tuck, E., Williams, B.A., Roberts, K., Kleshchevnikov, V., Mamanova, L., Bolt, L., et al. (2024). A human embryonic limb cell atlas resolved in space and time. Nature 635, 668–678. https://doi.org/10.1038/s41586-023-06806-x
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